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新学術領域研究の発足にあたって
東京大学大学院
工学系研究科・物理工学専攻
教授
 五神 真

 人類は古代から光を媒介として自然を見つめ、それによって科学を創りあげてきたと言っても過言ではありません。20世紀にはレーザーの発明により、自然界にはない“コヒーレント光”を手に入れ光科学は飛躍的に進歩しました。レーザー技術を利用した分析計測技術は、物理学、化学、天文学、生命科学、医学等あらゆる科学を支えると共に、光通信や計測技術など社会を支える基盤技術となっています。21世紀に入りこの先端光科学技術はよりいっそう加速して発展しています。

 例えば、光は周波数が14桁におよぶ高周波数の電波ですが、それを1ヘルツ以下の精度で完璧に制御する技術が完成し、光原子時計への応用が進んでいます。また極超短パルス技術はアト秒の領域に突入し、電子遷移のような“瞬間”現象を直接覗くことも可能になりつつあります。この他、ナノ空間で光波を制御する技術、さらには、単一光子状態や、スクイーズド状態といった量子論的な領域で光の状態を自在に操作する技術の開発も進んでいます。このような先端光科学を牽引力として、エネルギーや環境といった分野を含む幅広い分野におよぶさらなる技術革新への期待が高まっています。「100%を超える量子効率の太陽電池」「高速かつ高効率に光信号を直接制御するスイッチ」「しきい値ゼロのレーザー」「量子エンタングル光子発生」「天体現象に迫る超高強度光源」など革新技術開拓に向けた挑戦が始まっています。

 これらを実現するための鍵は、物質科学と光科学のより深い融合にあると考えています。これまでの光科学発展の第一の立役者も、半導体材料技術です。半導体レーザーは電気エネルギーを最も高い効率で光に変換するデバイスで、しかも非常に操作性の良いコヒーレント光に変換することが特長です。これにより、エレクトロニクスによって光を精緻に制御する技術が生まれ、エレクトロニクス技術を活用した革新的光技術が創出されました。光原子時計もエレクトロニクスによる精緻な光の制御技術の賜です。この半導体エレクトロニクス技術では、バンド理論に基づいてデバイスの設計が行われています。バンド理論は固体中の多数の電子系の複雑な運動を一電子問題に帰着させるもので、20世紀半ばに完成しました。この理論の成功により、半導体の電気的特性を少数のパラメータに集約することができ、半導体エレクトロニクスを工学技術として大きく発展させることができました。しかしながら、これは近似理論であり、その適用範囲には限界があります。

 この限界を超えたところに、革新的光技術を実現の道が開かれると考えています。例えば、一つの光子で別の光子の位相を確実に反転させる技術は、光通信や量子情報技術が渇望する技術の一つです。半導体に入射した一つの光子は電子系を励起しますが、そこにもう一つの光子がやってくると、さらに電子系を駆動します。この時、電荷やスピンによる強い相互作用によって、この光子の作用が電子系に動的な位相相関を引き起こします。電子系が高温状態や、高密度状態にある場合には、光から受け継いだ電子系の位相情報はかき消され、電子同士の作用は位相情報をぬりつぶした平均的なものとして扱うことができます。このような状況の場合には、平均場近似による扱いが有効です。しかし、2つの光子間の制御という場面では、平均化には無理があります。少数の電子系の位相相関を巧みに取り扱う必要があります。また、ナノ構造や低次元構造を利用する場合にも電子系に生じる相関効果が顕在化します。このような電子系の動的な相関効果によって生じる光学現象の活用が光科学のブレークスルー、さらにはパラダイムシフトをもたらすのではないかと考えました。


 このような背景のもとで、本年度より、新学術領域研究「半導体の動的相関電子系の光科学」が発足しました。本領域研究では、光と物質の関わりをこのような新しい視点から追求し、光科学の新たな展開の道筋をさぐりたいと考えています。このため、本領域では、分光学・量子光学、半導体デバイス工学、ナノ材料化学と量子多体系理論などを密接に連携させ、光励起された電子や正孔系の生み出す”物質”の姿を精緻な分光技術を駆使して調べ、動的相関電子系によって生じる新規な光効果を探索し、その基礎学理を追求します。さらに、ナノ構造や量子構造を活用しつつ動的相関電子系の特異な光効果を引き出し、光科学のブレークスルーとなる応用への道筋を探ることに挑戦します。これにより光科学と物質科学が融合した新しい学術領域を創り出すことをめざします。来年度には公募研究も開始し、計画班グループとの密接な交流連携のもとに研究を推進します。皆様のご支援、ご鞭撻を御願いいたします。